■『丼の中の饂飩』 |
Update:2002/08/11(Sun) 00:00 |
家へ向かふ列車は空いてゐた。
この車輛には、くたびれた老婆がひとり乗つてゐるだけだ。
連日の激務が祟つてすつかり寝入つてしまつた。
何時の間にか前の座席に男がひとり座つて居た。
男は丼を持つてゐる。大層大事さうに膝に乗せてゐる。
「誰にも云はないでくださいまし」
男はさう云ふと丼の蓋を持ち上げ、こちらに向けて中を見せた。
丼の中には綺麗な饂飩(うどん)がぴつたりと入つてゐた。
華厳の滝のやうな白く、真っ直ぐな饂飩だ。ああ、美味そうだ。
何だか酷く男が羨ましくなつてしまつた。
――――中略――――
(再開)
絶對に遣り遂げてみせる。嗚呼汚らしい。
何故にかう迄生地が伸びないのだ■■■■■■■■■。
厭だ厭だ厭■■■■■■■■■■■■故出来ぬ。
この、不潔な関東の小麦粉が■■■■■■■■■■■■んでしまふのだらう。
待つても■■■■■■■■■■■■と麺が切れずに、
まつたくコシがでず■■■■■■■■■■■■
――――判読不能――――
(再開・但し桝目は無視されている)
饂飩生地を練り直す時間はな無い。また失敗だ。関東では小麦も水も腐敗しているから失敗するのだ。矢張り本場に行かねばなるまい。今すぐ出掛けよう。 彼(あ)の饂飩を
(中断)
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